「銭湯×DX」がもたらすのはどんな未来か 伝統産業のナレッジマネジメントのリアル
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「銭湯×DX」がもたらすのはどんな未来か 伝統産業のナレッジマネジメントのリアル

株式会社PRAZNA(プラズナ)が、さまざまな企業のナレッジマネジメントやDXの取り組みを紹介するマガジン『ひとりの「知ってる」を、みんなの「知ってる」に』。第2回は、いち早くデジタル化を進めはじめた都内の人気銭湯、大崎の「金春湯」と高円寺の「小杉湯」の事例を紹介します。

銭湯は、日本の古き良き時代を象徴する産業のひとつ。従来は家族経営が主流だった銭湯業界ですが、近年では法人化や第三者承継など、新たな経営スタイルが誕生しています。今回紹介するふたつの銭湯では、これまで経営者や番頭の感覚に頼りがちだった客数・客層の把握や、売上の管理などをデジタル化してデータを見える化し、経営に活用しています。

デジタル化で提供できるようになった新しい価値、蓄積したデータの活用法、銭湯業界全体や従業員間でのナレッジ共有の現状について、詳しく伺いました。

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金春湯 角屋文隆さん
ITエンジニアとして光学機器メーカーに約10年間勤務の後、2019年7月より家業である金春湯の4代目として活動を開始。銭湯の経営に携わる一方、現在もフリーランスのITエンジニアとして仕事を請け負っている。

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小杉湯 菅原理之さん
ITベンチャー、外資系広告代理店などの経歴を経て、2020年に株式会社SUNDAY FUNDAYを設立。2019年9月から小杉湯の「CSO(Chief Story Teller)」として経営やバックオフィスをサポートしている。

地元のお年寄りから仕事帰りのサラリーマンまで 広く愛される銭湯の魅力


――まずはお二人が在籍している銭湯の紹介をお願いします。

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小杉湯は、杉並区高円寺にある1933年創業の銭湯で、現在は3代目が引き継いで経営しています。20代から80代まで、幅広い世代が1日平均500人ほど来店します。2017年には法人化し、昨年敷地内に銭湯つきのセカンドハウス「小杉湯となり」もオープン。両施設兼任のスタッフも含めて、現在約30名のアルバイトが在籍しています。

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奥が小杉湯、手前が昨年オープンした「小杉湯となり」

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金春湯は、1950年に品川区大崎で創業しました。来客者の半数が地元住民、残りは遠方から足を運んでくださるサウナ好きの若い男性や会社帰りのビジネスパーソンですね。長年家族経営を行っており、現在は両親と私、2名のアルバイトスタッフで運営しています。

――「小杉湯」は法人化した銭湯、「金春湯」は家業と、経営スタイルが異なるんですね。お二人が銭湯に関わることになった経緯と、役割を教えてください。

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私はもともとエンジニアとしてメーカーで働いていました。しかし両親が高齢になってきたこともあり、金春湯を継ぐために会社を退職して、現在は4代目として運営に携わっています。

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金春湯。奥にはサウナがあり、若い「サウナー」たちにも人気

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役割は、ホームページやSNSの運用など、金春湯の宣伝をする広報的な部分です。私が運営に入るまで、金春湯では客数の把握や情報収集をしていなかったので、顧客データを取れるよう仕組みを整えたりシステムを開発したりして、活用できるように管理しています。もちろん番台に立つこともあります。

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前職の広告代理店時代に、サウナイベントを手伝ったのがきっかけで小杉湯との付き合いが始まりました。その後3代目に声をかけてもらって経営面やバックオフィスのサポートをするようになり、2019年から正式に社員として参加しています。現在はCSOという肩書きで、小杉湯のブランディングや新規事業開発を担いつつ、アルバイトのシフト管理から人事、経理、企画まで、運営業務全般にも関わっています。

デジタルの導入には、「まずチャレンジする」という柔軟性が必要

――業務のデジタル化に着手されたお二人ですが、どのような部分を変えていったのでしょうか。

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1日の来店者数と売り上げを管理・共有できるシステムを開発・導入しました。 数値をシステムに打ち込むと、データが家族のLINEグループに転送される設計になっています。数値の変動を一目でわかるようにグラフ化することで、仕事のモチベーションアップにもつながるのではないか、と思ったのがきっかけです。

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自らシステム開発できるスキルは羨ましいです。小杉湯も以前は、来店者数を正確に管理していなかったんです。番台に座っている人が「今日はお客さんが多かった」と思えばそれがすべて、みたいな状態ですね(笑)。経営会議をしても、データを取っていないゆえにみんながそれぞれの印象論でしか語れず、話が噛み合わないことも多々あって。そこで、売上の数値の正確性を高めるために、2019年春頃から「Airレジ(※)」の導入をスタートしました。

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小杉湯では番台内にAirレジを設置し、
入浴券や商品の売り上げを管理している

(※)専用のカードリーダー1台で、クレジットカード決済や交通系電子マネーなど、さまざまな決済手段に対応することができるPOSレジアプリ。会計するだけで売上などの数字が自動的に集計される。

――「銭湯×デジタル化」を実行するにあたり、メンバーへのレクチャーはスムーズにいきましたか?

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両親は70代と高齢なこともあり、完全にデジタルに対応していくのは難しいですし、いまだに乗り気ではないですね。「めんどくさい」と言われています(苦笑)。ですので、 来客数を手書きでメモしてもらい、営業後に私がシステム入力しているのが現状です。小杉湯は若いメンバーが多い分、デジタル化はスムーズそうですね。

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小杉湯はどの時間帯も比較的混み合っているので、「接客対応と並行してAirレジに打ち込むなんて無理」という声は結構ありましたよ。そこで僕がまずやったことは、長年番台を務める70代のスタッフに使い方をレクチャーすることでした。番台最高齢の彼女が使えるようになれば、誰も文句は言えないだろうと(笑)。

その結果、今では全員がデジタル機器に対応できるようになりました。正確性を求めすぎてメンバーが苦手意識を感じてしまわないよう、「まずはチャレンジしてもらう」という柔軟さも経営サイドとして大切にしています。

――デジタル化で蓄積した情報は、どのように活用されているのでしょうか?

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データで記録してみたところ、一週間の中でもっとも来店者数が少ないのが火曜日だとわかったので、定休日を月曜日から火曜日に変更しました。近隣の銭湯には月曜定休のところが多かったこともあり、以前から地元のお客さんにも変更を望まれていたので、非常に好評をいただけましたね。実際に月曜日の来客数はもっとも多くなっており、デジタルで算出された数値を活用して行動に移したことが功を奏した、最初の事例になりましたね。

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角屋さんが開発した売り上げ・来客数管理システム。
曜日ごとにグラフで閲覧することもできる

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また、サウナの混雑情報をホームページ上でリアルタイムに発信することで、混雑緩和に役立てています。特にコロナ禍では、お客さまに安心して足を運んでもらえるという点でデータが力を発揮しています。

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小杉湯も金春湯と同じで、「人をたくさん呼びたいからデジタル化する」というよりは、安心・快適に来店してもらうためにデータを活用しています。昨年の緊急事態宣言中、Airレジの利用客数の画面をスクリーンショットしてSNSで発信したところ、「混雑状況がわかりやすい」と多くの方に喜んでもらえたのは嬉しかったですね。

それから小杉湯では、アイスやドリンクの販売数をデータ管理することで、売れ筋商品を客観的に把握し、ラインナップの充実に活用できるようになりました。普通の小売店や飲食店であれば当たり前のことなんですが、なかなか銭湯界隈では、そこまでいっていないのが実情かな、と思います。

オープンとはいえない銭湯業界におけるナレッジ共有の実情

――アルバイトスタッフの間では、どのように業務のナレッジを共有していますか?

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小杉湯関係者全員、正社員、勤務時間帯ごとなど、グループを細かくセグメントしてLINEグループを作り、情報を共有しています。ただし、必要に応じて、アナログとの使い分けも行います。勤務中に気がついたことや改善点を引き継ぎシートに記入してもらい、正社員がフィードバックした上で写真を撮って、全員参加のLINEグループに投稿。1週間に一度、内容をすべてGoogleのスプレッドシートに打ち込んでマニュアル化する。ここまでが一連の流れです。

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小杉湯番台のスタッフの引き継ぎシート。
アーカイブ化・マニュアル化することでナレッジを蓄積する

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金春湯も最近2名アルバイトが入ったので、必要な情報をLINEグループで共有して、週に1回定例会議を行うようになりました。また、家族間でなんとなく共有されていた仕事内容をマニュアル化しました。金春湯の仕事をすべて棚卸ししたような感覚ですね。

――銭湯業界全体としてのナレッジマネジメントに関してはいかがでしょうか?

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30代を中心とした若手の銭湯経営者が20〜30人参加しているLINEグループがあり、そこで情報交換を行っています。ただし、「タオルを洗う洗剤、何使ってる?」みたいな、日常的な情報交換がメインですが(笑)。とはいえ、同じ業界の方と情報共有できる手段があるのはありがたいですね。それまでは、組合の集まりくらいしかなかったので。

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「ナレッジマネジメント」本来の意味においては、銭湯業界に関してはこれからだと思います。そもそも経営のノウハウなどについては、積極的に共有し合う文化がありません。業界としてナレッジを共有することは大切だと思う一方で、どの銭湯も、自分たちの経営をよくすることで手一杯です。他の銭湯に向けてナレッジをシェアするところまで行き着いていないのが現状かもしれません。

――とはいえ、経営者の高齢化が進むなかで、ナレッジの共有が進まないと困る事態も起こり得るのでは、と想像しますがいかがでしょうか。

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そうですね。例えば、よく聞く話では配管図や設計図がないことが問題になっています。現場での調整で工事が進むことが多かったことが原因で、銭湯専門の職人の方々の高齢化によりノウハウが失われる可能性があります。そういった課題を解決する意味でも、やはり情報のアーカイブは必要になってくるかなと思います。

一方で、自分たちで設備設計を把握して、技術継承をしようと取り組んでいる若手銭湯経営者もいます。小杉湯にも正確な配管の図面が存在しないので、今後設計の方に依頼をして、きちんとデータ化しようという動きもあります。


ふたつの銭湯が目指すナレッジマネジメントと、銭湯業界の未来

――それぞれの銭湯のデジタル化に関する取り組みや姿勢を聞いて、お互いどんな印象を受けられましたか?

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アナログな銭湯業界だからこそ、少しデジタル化しただけで、すごく斬新なことをしているように見られてしまう、という現状は互いにありますよね。金春湯も小杉湯も、現段階ではまだ業務の効率化やコスト削減を主軸にシステムの導入を行っていると感じました。

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「デジタル化により売り上げが向上したとき、
初めてそれをDXと呼べるのかもしれません」(角屋さん)

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「デジタルを使ってビジネスモデルを変えていくこと」が、DXの本来の意味だと思います。その点では、DXというより、「日々の業務のデジタル化」と呼ぶのがまだ相応しいのかな。「古き良き時代の銭湯」に足を運びたい方が多いのかもしれないと思うと、正直なところ、銭湯とデジタル化の相性はあまりよくないのかもしれないですしね(笑)。

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「完全にデジタル化された銭湯に魅力を感じるのか?」というところはしっかり考えないといけないですよね。仮に、もっと本格的にデータを取るのであれば、小杉湯も券売機にして番台をなくした方がいいんですよ。だけど、僕たちは番台でのちょっとしたコミュニケーションを大切にしている。とはいえ、銭湯業界が今後「攻めの一手」を作るためには、やはりデジタル技術の導入は必要不可欠だとも思います。

――最後に、両銭湯が見据えるこれからの目標について教えてください。

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「銭湯のナレッジマネジメントはまだまだ」とお話しましたが、銭湯のことを聞きに来る人がいないのであれば、むしろ僕たちの方から発信していこう!という話は小杉湯のスタッフたちとよくしています。その意味でも、関わる人たちをどんどん増やしている最中なんです。

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「今後は社員という形にこだわらず、あらゆるアプローチで小杉湯に関わってくれる人を増やしていく予定です」(菅原さん)

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イラストレーターや音楽家、お笑い芸人にバンドマンまで、スタッフそれぞれの強みを活かしたイベントを小杉湯内で実施したりもしています。個性を持ち寄ってもらい、「その場で何かを生み出せること」を小杉湯の強みにしたい。個々が持つナレッジって、実は新しいビジネスチャンスを生み出す大切な資産なんですよ。

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メンバーがたくさんいる小杉湯が羨ましいです(笑)。ナレッジマネジメントは、ある程度組織の規模が大きくなってこそ価値を発揮すると思うので、小杉湯のように外から人をたくさん入れて、ナレッジを取り込むことが大切なんだなと改めて感じました。金春湯も少しずつ関わってくれる人を増やしていけるよう、そして本来の意味での「DX」を目指して、今後もいろいろと考えていきたいですね。


取材を振り返って

アルバイトと正社員、両メンバーたちが同じ課題意識を共有するというのは簡単なことではありません。それに対し、小杉湯の導入している「勤務時に各スタッフが気づいた改善点を吸い上げ、全員参加のチャット上でフィードバック行う」というナレッジ共有の仕組みは、従業員全員が同じ視点で課題感を持つために非常に有効だと感じました。もしこの仕組みがなければ、アルバイトの教育、もしくは顧客体験に関する情報収集に、もっと時間やコストがかかっていたのではないでしょうか。ナレッジマネジメントの取り組みを通して “時間泥棒”を未然に防いでいくことが、良くも悪くもいまだアナログ色の強い銭湯がDXを目指していく上で、第一歩になっているのだと感じました。(PRAZNA鈴木洋佑)


取材・文:ユウミ・ハイフィールド
編集:波多野友子/ノオト
撮影:坂脇卓也、波多野匠


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